吊り具と荷役機械設計のヒント帳

現場を支える安全・効率化のアイデア共有

安全率の決め方とリスクベース設計 ――「壊れない」より「止めない」ための設計思考

2025-07-24 19:46:27
2025-07-24 19:58:09
目次

1. 安全率を意識することの重要性

  • 取説通りに使われない現実
    現場では「急がば回れ」より「急げば当たる」。操作ミス、ちょっとした衝突、荒っぽい扱い――こうした非定常条件を無視すると、ほんの小さな破損がライン停止を引き起こし、顧客に甚大な損害を与えます。

  • 機械は“消耗材”でもある
    とりわけ荷役機械は稼働率が高い一方で、メンテナンスが後手に回りがち。設計段階で余裕を持たせないと、寿命予測は机上の空論になります。

2. 安全率(Safety Factor)の基本

許容応力・・・部材が耐えられる最大応力 材料強度 × 1/安全率

安全率・・・破壊に対して持たせる余裕係数  荷役機械では3.0 以上が基本

ポイント

  • 静荷重主体の構造部でも、衝撃荷重疲労クリープを忘れずに係数へ反映。

  • 計算上の最小安全率 > 実機の最小安全率。溶接部や応力集中部は解析値に ×1.3〜1.5 を追加で掛けると安心。

3. リスクベース設計のステップ

  1. 使用シナリオの洗い出し

    • 正常運転/段取り替え/メンテナンス/異常時対応を区別

    • 「ぶつける」「ねじる」「逆回転させる」などヒューマンエラーを列挙

  2. 頻度 × 影響度で優先順位づけ

       シナリオ     頻度    影響度    優先度

    誤操作で横振れ衝突    高      高     ★★★

    過荷重吊り上げ      低      極高    ★★★

    潤滑不足による損傷    中       中    ★★

  3. 安全率/冗長化/フェールセーフの選択

    • ★★★:安全率アップ + 冗長構造(ダブルリミットスイッチ等)

    • ★★:安全率アップ or 定期交換設計(摩耗部品の見える化)

    • ★:表示・警告で十分

  4. 故障モードと影響解析(FMEA)

    • 破断/塑性変形/疲労亀裂/摩耗/焼付き…

    • それぞれの検出手段とライン停止リスクを評価

  5. 実機テスト & フィードバック

    • オーバーロード試験・衝撃試験・長期稼働試験を経て係数を再校正。

4. 頑丈さ vs. サイズダウンのバランス

  • 稼働率が高い場合
    → 壊れたときの損失が大きいので「安全側設計」。多少重量・コスト増でも生涯コストは低くなる。

  • 使用頻度が低い場合
    → 削れる重量・コストは削る。「安全率は守りつつ部材寸法を最適化」し、過剰設計を防ぐ。

5. メンテナンスが十分でない場合も想定しておく

  • 制御グリスニップルを省き終身潤滑を採用(ダスト/ウォータシール付き)

  • 摩耗部品は工具レス交換にし、交換周期をQRコードで提示

  • 事故に直結する部品(ワイヤーロープ、チェーン等)は寿命2倍設計 + 目視点検しやすい構造

6. まとめ—「安全率×リスクベース」で顧客に対し最大価値を提供する

安全率を3や4に設定するのはスタートライン。真の安全設計は、

  1. リスクを具体的に洗い出し

  2. 頻度と影響度で対策レベルを決め

  3. メンテ不足まで織り込んで余裕を持たせる
    ――このリスクベース思考とセットで初めて機能します。

多少大きくても「壊れない安心」は顧客の生産を止めず、あなたと顧客双方の利益を守る保険になります。逆に“使い方”を聞いたうえでのサイズダウン提案は、コストメリットという形で顧客に響きます。

設計者の腕の見せ所は、安全率の数字そのものではなく、 “どこにどれだけ余裕を配分するか” を決める判断力が重要です。まさに「設計者には経験が重要だ」と言われる所以です!

by おち機械デザインプロダクツ合同会社

この記事を書いた人

越智誠二

約20年間、機械設計一筋で様々なメーカーのものづくりに携わってきました。 おち機械デザインプロダクツ合同会社の代表を務めています。 さまざまなメーカさんから設計実務をご依頼いただいております。 荷役機械メーカさんで技術顧問としても参画させて頂いております。